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技術コラム

現在の送電システム

身の回りにある電子機器や家電など、動力源として電気を使う機械はたくさんあります。そしてそのほとんどは日本の場合「AC100V」のコンセントに挿すことで動作または充電しているのではないでしょうか。この「AC」は「交流」を意味し、発電所で発電された電気はこの「交流」で家庭まで届けられます。 ところで不思議に思ったことはありませんか。電気には直流と交流があり、電池やバッテリーは直流の電気を供給します。携帯電話もデジタルカメラも、パソコンも直流電源で動作します。家電製品も交流電源を内部で直流電源に変換して動作しています。
もっと言えば、最近増えて来ている太陽光発電パネルは直流の電気を発生させます。水素や水素を含むガスから発電を行うエネファームのような装置も直流電源です。これを家庭で使うにはわざわざ交流電源である外部からの商用電源に系統連系で接続し、家電製品で使用する際に再び直流に戻すという、大変な手間を掛けていることになります。

低圧配電線連系の住宅用太陽光発電システム構成の例

それならば、送電線から送られてくる電気も直流にしてしまえば、こんな面倒な事は無かったはずです。何故、商用電源は、発電所から送られてくる電気は交流なのでしょうか。ここには歴史的な物語があります。
もともと発明王とまで言われるトーマス・アルパ・エジソン(Thomas Alva Edison, 1847-1931)が開発した電気製品は直流電源で動作していました。ですから彼は発電された電気を直流のまま送電することを目指していました。実際に、1880年代に事業を始めたときは直流で送電を行っていました。
ところが、交流の発明者であるニコラ・テスラ(Nikola Tesla, 1856-1943)や、彼を支援していたジョージ・ウェスティングハウス・ジュニア(George Westinghouse, Jr, 1846-1914)は交流による送電を推進し、「電流戦争」と呼ばれる争いを繰り広げたのです。

トーマス・アルパ・エジソン

トーマス・アルパ・エジソン

ニコラ・テスラ

ニコラ・テスラ

当時の直流送電と交流送電では、交流送電に軍配が上がりました。その理由としては、直流送電は交流送電に比べて変圧設備が高価であり、かつ短距離の送電では交流送電に比べて変圧設備でのロスが大きくなるという欠点を持っていました。直流送電の変圧の難しさは、大容量送電の効率が圧倒的に悪くなるため電流戦争では交流送電が勝利したのです。

発電にまつわる技術、今昔

直流送電は交流送電と比較して問題点が多かったとはいえ、その後、様々な技術が発達したことによって、状況は変わりつつあります。
まず1つ目は、長距離送電では変電設備でのロスを考えても、直流送電の方がトータルロスは少なくなってきたという点が挙げられます。これはエジソンの頃と比べると送電線の長さが長くなったことが理由です。つまり、短距離送電では送電網のロスよりも変圧設備でのロスの方が大きかったのですが、長距離送電になると、むしろ送電網でのロスの方が大きくなったというわけです。
2つ目は、昇降圧DC/DCコンバーターの発達と小型化によって、変圧が楽に行えるようになった点です。また双方向電源も進化しましたので、交流・直流の相互変換も楽に行えるようになってきています。そのため、既存の交流を中心とした送電システムに系統連系で接続するのも容易になってきています。またEVがこれまでDC12Vのみだった電圧を280Vや360Vなどとし、ここから降圧して各種車載機器に給電するようなDC/DC変換の仕組みを進化させました。
3つ目としては、太陽光発電パネルやガスからの水素発電、そして家庭用蓄電池など、直流での大容量発電や給電が可能な機器が出回るようになったことです。現在は一度交流にDC/AC変換した上で系統連系してからでないと家庭内でも利用ができませんが、将来的にはEVも大容量バッテリーの一部として活用することで、家庭内は直流のみでのスマートグリッドが構築できるはずです。

もし送電システムを再構築するとしたら

ではもし、今エジソンがいたとしたら、もしくはエジソン並みの商売人がいたら、一体どの様な送電システムを構築するでしょうか。
例えば、これから電力網を整備する発展途上国の場合、最初から長距離送電を直流で行う方がメリットは大きくなります。現状で各家庭が独立して太陽光発電を行っている場合などがあれば、全てを直流送電にしてしまい、各地域を結ぶ場合も変圧だけを行い、そのまま直流によるスマートグリッドを構築してしまった方が良いでしょう。
その際、太陽光発電パネルやガスなどによる水素発電、EVをはじめとした大容量バッテリー、そして各家電製品がバラバラの電圧で動作するため、せめてこれらを2~3種類の電圧に統一することができれば、DC/DCコンバーターも大量生産により安価にすることができます。
結果、直流送電が発達すると同時に、規格化された数種類の電圧に対応する機器を作ることで、家電メーカーにとっても新たなビジネスチャンスが拡がる可能性があります。さらに言えば、国毎に異なっているコンセントの形状も電圧毎の形状にしてしまえば、挿し間違えることもなくなる上、海外渡航の際に現地用の形状変換プラグを用意しなくてもよくなります。

アメリカで一般的なタイプ

アメリカで一般的なタイプ

ヨーロッパで一般的なタイプ

ヨーロッパで一般的なタイプ

なお、エジソンの発明には電球のプラグ形状(E17とかE26です)があり、世界で共通になっています。今なら直流送電システム構築に当たって、コンセント形状を電圧によって統一するという提案を行う事で、それだけでもビジネスになるかも知れません。スマートフォンやデジタルカメラ、場合によってはパソコンまで、比較的電圧の低い機器がUSB給電で統一されつつあるようなものです。

これが日本であれば、現状の50Hz/60Hz送電網との共存を行うのか、それとも直流送電で引き直すのかという点も考える必要があります。
もし既存の送電網を活かすのであれば、地域毎に太陽光などで発電された電気を直流送電で送信し、地産地消のできるスマートグリッドを構築した上で、余った電気を系統連系で交流の商用電源に流すという形になるでしょう。これは現在、太陽光発電事業者が行っているのと同じ事です。ただしこのアイデアで肝なのは、あくまでも地域の電力需要は地域で賄うという点で、電力インフラのラストワンマイル部分を地域で買い取り、直流送電ができるようにすることでメリットを最大化しようというものです。太陽光発電による発電コストが下がり、逆に化石燃料や原子力による発電が地球温暖化対策や安全対策・廃炉に伴う積立などで高くなってきている現在、十分可能性があるのではないでしょうか。
もちろん逆パターンでも構いません。ラストワンマイル部分はそのまま既存の交流送電を利用し、全国的な送電網側を直流送電で行うという方法です。ただし、現状でも各電力会社の送電線がありますので、そのバックアップとして使うという形でも良いかも知れません。特に東日本大震災後に東京電力管内の電力が不足した際、西日本から東日本に電力の融通を行いましたが、50Hz/60Hzの変換可能容量が不足していたために、十分な電力を融通できませんでした。

日本の商用電源周波数(cShigeru23:Wikimedia Commons)

日本の商用電源周波数(cShigeru23:Wikimedia Commons)

ですから災害時のバックアップとして位置付け、全国に直流送電網を張り巡らし、そこから各電力会社の交流送電網に系統連系で接続するのが良いかも知れません。そうすれば、災害に強く、自然エネルギーとも親和性の高い送電網を、無理なく構築できるのではないでしょうか。もし、エジソンが生きていたら50/60Hzの境目で一旦直流にしていることに目を付けて電圧を標準化するなどしてでも、このエリアから直流送電を始めていたかもしれません。

一方、既存の電力網を活用しないのであれば、まずは地域スマートグリッドを直流送電で構築し、いずれは地域スマートグリッド同士を直流送電網で繋いでしまうというやり方になります。発展途上国にこれから電力網を構築するのと同じやり方になります。
この際、それぞれの地域の送電電圧を一致させておかないと、グリッド同士の接続の際に変圧が必要になります。もちろん、DC/DCコンバーター自体も性能が上がっていますので、大した負担にならないかも知れませんが、電圧を統一しておくことは機器の少品種大量生産による価格低減に繋がるため、大変重要です。

これらを通して、100年以上前にテスラが勝利した電力戦争の結果を、再度ひっくり返すような動きが出てくるかも知れません。実際に、
「全世界にインターネットが使える環境を」
ということでイーロン・マスク氏がSpaceX社を使って大量の通信衛星を打ち上げるStarlink計画を進めています。
電力業界でも新しいプロジェクトが構想されています。例えばヨーロッパではサハラ砂漠や中東エリアに太陽光、風力の発電所を作ろうというプロジェクトが10年以上前から「デザーテック」として進められています。資金や治安の問題などでなかなか先に進んでいないのですが、2017年にチュニジアでのプロジェクトを始めるという報告がされています。ですからどこかの企業が電力業界で同じ事を行う可能性もゼロではないのです。

参考文献