技術コラム

電気の貯蔵

このところ、政策のキーワードとなっているのが「Society5.0」です。狩猟採集社会をSociety1.0とし、そこから農耕社会、工業社会、情報社会を経て、5Gなどの通信技術、IoTとクラウドによる情報の収集と保存、そしてAIによる情報の利用を前提とした社会がやって来るというものです。

Society5.0

図:Society5.0(出典:内閣府)

これら、社会の進展を考えてみると、これらには「なにかを保存・貯蔵し、それを必要なときに利用できる」という変化がありました。まずは食糧が貯蔵できるようになりました。メソポタミア三日月地帯やエジプトのナイル川流域など、気まぐれな自然に翻弄された収穫しか得られなかった食料を治水によって収穫を安定化させたのです。そのためには治水以外に、貯蔵、暦が重要な役割を果たしました。

貯蔵ということでいえば、穀物は数年貯蔵できて、いつでも、すぐにパンなどにすれば人を動かすエネルギーを供給できます 。翌年に収穫を得るまでの間、人が農耕する活動エネルギーを長期にわたり供給できます。人の活動エネルギーを貯蔵する意味でも、穀物は大変重要な貯蔵方法の要素だったと考えられます。
貯蔵できる穀物を作るため、品種を選び保存し交配改良を繰り返し、遂に人間が農耕作業に使うエネルギーの何倍ものエネルギーを貯蔵できる穀物を見つけ出し、文明が始まったといわれています。
今回は貯蔵の話ですので、エネルギー貯蔵方法の一つとして、水素をテーマに話を進めることにしました。水素は、再生可能エネルギーから作られた電気エネルギーを長期間貯蔵し、かつ直ぐに電気エネルギーを発生できる手段の一つです。

電気分解と燃料電池

電力の貯蔵と言われた際に、真っ先に頭に浮かぶのは電池やバッテリーではないでしょうか。特に充放電を繰り返すことのできる二次電池は、スマートフォンやパソコンを始め、電気自動車や航空機に至るまで、様々な場所で使われています。
ところが、バッテリーは貯蔵期間が比較的短期間である場合は良いのですが、長期間の保存を行おうとすると、電圧低下などの経年劣化を起こします。もし季節を越えて貯蔵できるもので、かつ移動もできる可搬性の良い貯蔵方法を、ということになると、一次電池や二次電池ではなく、燃料電池というのが最も良い選択肢でしょう。特に燃料電池は正極材と負極材を投入し続けることで、永続的に電力を発生させることができます。

この燃料電池を考案したのがイギリスの化学者・発明家であるサー・ハンフリー・デービー(1778-1829)です。

サー・ハンフリー・デービーの肖像画

図:サー・ハンフリー・デービーの肖像画

デービーはボルタの電池を使って様々な水溶液を電気分解し、新しい元素を発見したことでも知られています。特に反応性の高いナトリウムやカリウムを発見しています。
主に物質に電気が流れる際の科学である「動電気学」を研究していましたので、その過程で様々な金属板を組み合わせることでいろいろな電池を作っています。また1806年に発表した「結合の電気化学的仮説」という論文は、その後の化学反応に関する知見を広めました。
その後、実際に燃料電池を作ったのはイギリスのウィリアム・ロバート・グローブ(1811-1896)です。1839年に「気体ボルタ電池」という燃料電池の原型を製作しています。
この燃料電池は電極に白金を使用し、電解質に希硫酸を用いていました。水素と酸素から電力を取り出し、その電力を用いて水の電気分解をすることができるようになっていました。

空気ボルタ電池

図:空気ボルタ電池

実際、現在の燃料電池も、電力を取り出す基本化学反応は水素と酸素による水の生成です。つまり、触媒を用いた水の電気分解と逆の反応を行う事で、電力を取りだしているわけです。従って、一般的に正極材(酸化剤)として使われるのは空気中の酸素で、反応後の物質は水蒸気(負極材:燃料の組合せによっては二酸化炭素)として排出されます。負極材が枯渇すると発電が止まりますので、そういう意味では一次電池に似ているとも言えます。

この燃料電池を実用的なレベルにまで高めたのが、同じくイギリスのフランシス・トーマス・ベーコン(1904-1992)です。哲学者として有名なフランシス・ベーコンの子孫だと言われています。1959年、ベーコンと彼の率いるチームはアルカリ電解質燃料電池を開発し、最終的にはアポロ11号によるアメリカ航空宇宙局(NASA)の月面着陸を強力に後押ししました。
ちなみに世界で初めて実用化された燃料電池はゼネラル・エレクトリック社(GE社)が製作し、NASAのジェミニ計画に採用されたものです。

燃料電池はその後も高効率や扱いやすさの改良が続けられています。現在、研究開発が進められているのは以下の4方式です。

  1. 固体高分子形燃料電池 (PEFC)
  2. りん酸形燃料電池 (PAFC)
  3. 溶融炭酸塩形燃料電池 (MCFC)
  4. 固体酸化物形燃料電池 (SOFC)

例えば固体高分子燃料電池ですと、正極は空気中の酸素を、負極は水素を使い、電解質としてイオン交換膜を利用しています。それぞれの極では白金を触媒として、下記の反応が発生しています。

正極:O2 + 4H+ + 4e- → 2H2O
負極:H2 → 2H+ + 2e-

燃料として水素を用いることで、水素社会を作ろうとしています。利用される範囲としては携帯端末、家庭用電源、そして電気自動車などが想定されています。

水素でエネルギーを貯蔵し持ち運べる(水素社会がもたらすもの)

上で挙げたとおり、燃料電池の媒質としては様々なものが開発されています。ですが、最近ですと水素が代表的な媒質であることは間違いありません。
水素を取り出す方法としては、水素そのものを使う方法、メタンなどの炭化水素から水素を取り出して利用する方法、同じくアルコールなどの水素を多く含む化合物から取り出す方法が考えられています。扱いやすいのはアルコールなのですが、現在の主流は水素と炭化水素です。
炭化水素は簡単に言えば都市ガスなどのガスですので、既に流通経路もある点がメリットです。しかし炭素が残るため、これが一酸化炭素や二酸化炭素として排出される事になります。
自動車メーカーのトヨタが水素にこだわっていたのは、この二酸化炭素の排出が無いためともいえます。確かに排出されるのは水だけですので、環境に対してもクリーンです。また体積当たりのエネルギー量ではリチウムイオン電池の約8倍、重量当たりでは100倍以上ですので、大変効率が良いといえます。
実際、ドイツでは風力発電などの自然エネルギーで発電された電力を使って水を電気分解し、水素を取りだして貯蔵することで、エネルギーを貯蔵・流通させる「Power to Gas事業」が進められています。

Power to Gasのコンセプト図

図:Power to Gasのコンセプト図

現在は水分解装置(エレクトライザー)の大型化が進められていますが、製造・運搬・貯蔵のコストが明確ではないのもあり、どの程度の規模で採算が取れるようになるのか、などは今後の検討が必要です。実際、メタン合成装置を通すことで、天然ガスのパイプラインを使って運搬するという方法も検討されています。

日本国内では資源エネルギー庁が「水素の製造、輸送・貯蔵について」という資料を公開しています。これによると、自然エネルギーによる電力を利用して水を電気分解して水素を得る方法以外に、

  1. 石油・天然ガス等の化石燃料を改質した際に発生すると水素
  2. 製鉄所、化学工場などからの副産物として発生する水素

などにも着目しています。光触媒を利用する方法も検討されています。

ただし、水素には問題点もあります。酸化反応の速度が速いため電力を取り出しやすい一方、制御を誤ると一気に酸化してしまいます。理科の授業で、溜めた水素に火を近づけ「きゅぽっ」という音をさせる実験をしたことのある人も多いでしょう。あれを大量の水素でやってしまうと、つまり爆発してしまうということになるわけです。
また、水素は気体であるため体積を小さくするのが難しいというのも問題点です。圧縮と冷却によって液体水素にするという方法もありますが、これですと液体水素にするエネルギーがバカにならない上に、貯蔵設備が高額になってしまいます。
そこで、水素を「水素吸蔵合金(hydrogen storing alloy)」という特殊な合金に吸蔵させる方法が着目されています。この合金は結晶構造内に水素を入れる空隙があり、ある程度安定して存在させることができます。自身の体積の数万倍以上の水素を安定的に吸蔵・貯蔵できるのが特徴です。
重量当たりのエネルギーは素のままの水素よりは下がりますが、体積当たりのエネルギー量は水素単独の倍近い値になります。ですから、基本的には長距離はパイプラインなどのガス関連インフラを使って運搬し、末端のところでは水素吸蔵合金を上手く利用して水素を流通させるようになるのではないかと思います。

2019.12.4 古川

参考文献

  • 電気(コトバンク)
    https://kotobank.jp/word/%E9%9B%BB%E6%B0%97-102136
  • Tom Bacon(Little Shelford History)
    https://sites.google.com/site/littleshelfordhistory/little-shelford-people/tom-bacon
  • 高効率水素吸蔵合金
    https://www.inpit.go.jp/blob/katsuyo/pdf/chart/fkagaku29.pdf
  • 自立型再エネ水素発電設備導入ガイドライン(宮城県 環境生活部 再生可能エネルギー室)
    hhttps://www.pref.miyagi.jp/uploaded/attachment/731353.pdf
  • エネルギーの人類史
    バーツラフ・シュミル著,塩原通緒訳,青土社刊
  • 水素の製造、輸送・貯蔵について(資源エネルギー庁)
    https://www.meti.go.jp/committee/kenkyukai/energy/suiso_nenryodenchi/
    suiso_nenryodenchi_wg/pdf/005_02_00.pdf