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技術コラム

次世代エネルギー「水素」のすべて|松定プレシジョン

今回はカーボンニュートラルを実現させるための次世代のエネルギーとして注目されている「水素」についてです。水素は製造方法によって「グリーン水素」「ブルー水素」「グレー水素」などと呼ばれています。それぞれの製造方法や、そもそもどんな元素なのか、物性から貯蔵・運搬方法そして利用方法まで、次世代エネルギーの筆頭にあげられている理由も紹介します。

水の電気分解によるグリーン水素の製造

水素を燃料として使う場合、まずは「水素を製造する」事が重要になります。そしてその最も手軽な方法は「水の電気分解」です。おそらく中学校の理科でやったことがあるのではないでしょうか。ビーカーに水を入れ、電極を水中に入れます。電池を繋いで通電すると水中やそれぞれの電極では次のような反応が起こります。

陰極:2H2O + 2e- → H2 + 2OH-
陽極:2H2O → O2 + 4H+ + 4e-

陰極側ではH+が電子の供給を受けて水素が発生し、一方で陽極では酸素が発生します。この水素を水上置換法などで収集するわけです。ですが学校の理科の実験であればこの方法でも構いませんが、工業的に生成するのであればもう少しスマートにする必要があります。その際使われるのが「Polymer electrolyte membrane (PEM) electrolysis」という方法です。日本語では「固体高分子型水電解」と言います。

固体高分子水電解PEMとアルカリ水電解AWEの概念図|松定プレシジョン

この方法では水素イオンを通す高分子の半透膜を陽極と陰極で挟みます。陽極側から水を投入すると電気分解されて発生した水素イオンは半透膜を通って陰極に移動し、そこで水素分子となります。一方酸素イオンは半透膜を通れないため陽極側で酸素分子として発生します。
同じくアルカリ水電解(Alkaline water electrolysis)では、水酸化イオンだけが通れる隔壁を通して陽極と陰極を分離し、水素と酸素を発生させています。それ以外にも高温水蒸気電解などの方法が工業的には用いられています。

これを大規模に行えば大量の水素を入手することができます。しかも酸素も大量に(体積で言えば発生した水素の半分)生成できますので、これを大気中に放出すれば環境へ悪影響を及ぼさずに済みます。ただし電気分解には大量の電気が必要になりますので、これを風力発電や太陽光発電のような化石燃料を使わない電気で作れば、カーボンフリーで水素を作ることができます。
このようにしてクリーンなエネルギーで電気分解することによって製造された水素を「グリーン水素」と呼びます。

水素発生装置の概念図|松定プレシジョン
水素発生装置の概念図

このグリーン水素を大量生産する水素発生装置も開発されています。電解槽部分にPEMを採用し、連続的に水素を発生させるのです。

化石燃料から作るブルー水素

では水素を作る他の方法にはどの様なものがあるのでしょうか。水素は水以外の物質では天然ガスや石炭など、化石燃料に多く含まれています。例えば天然ガスの主成分であるメタン(CH4)を考えてみましょう。ここには水素原子が4つ存在しています。これを何らかの形で取り出すことができれば水素を発生させることができます。
そのうちの一つの方法が水蒸気を利用した「水蒸気メタン改質」と呼ばれる方法です。この方法による化学式を次に示します。

CH4 + H2O → CO + 3H2 -206.1kJ/mol

ご覧の通り、1つのメタン分子から一酸化炭素と水素を取り出すことが可能です。

このように天然ガスや石炭を「水蒸気改質」や「熱分解」などの方法を用いることで、水素を製造できるようになります。こうして製造された水素を「ブルー水素」と呼びます。
ただしこの場合には一酸化炭素や二酸化炭素が副産物として生成されてしまうため、これらが大気中に放出されないようしっかりと回収する必要があります。もし副産物の二酸化炭素を回収できなかった場合、製造された水素は「グレー水素」と呼ばれます。

三種類の水素(出典:資源エネルギー庁)
三種類の水素
(出典:資源エネルギー庁 https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/suiso_tukurikata.html)

そもそも水素ってどんな元素?

ではそもそも水素というのはどの様な元素でしょうか。
「すいへいりーべぼくのふね...」
で暗記した人も多いと思いますが、原子番号1で元素周期表でも1番に出てくるのがこの水素です。
原子としての数は宇宙で最も多く、宇宙に存在する元素全体の約90%と圧倒的な数を誇っています。1つの陽子と1つの電子で構成されている、最小構成の原子が水素原子です。

核融合発電と原子力発電の違い」でも紹介したとおり、水素には原子核に中性子がつく同位体が2つ存在しています。中性子1つが結合した「重水素(デュートリウム)」と中性子2つが結合した「三重水素(トリチウム)」です。これらは核融合発電の材料にもなります。
太陽など恒星の内部では水素からヘリウムに変わる核融合が行われていて、星が輝く際のエネルギー源となっています。

ただし地球では水素が気体として存在していることはほとんどありません。水やメタン、アンモニア、エタノールなど、他の元素と化合物を作っています。水素は軽い元素であるため、温度が上がると水素分子の速度が増し、地球の引力を振り切って宇宙空間に逃げ出してしまうのです。

水素はどのように使う?-燃焼による利用-

では次世代のエネルギーとして注目されている「水素」はどのように使われるのでしょうか。大きく分けると「燃焼」「燃料電池」の2つに分けられます。まずは「燃焼」による利用から紹介しましょう。

燃焼による利用は大きく分けると2つです。
1つ目はロケットの燃料としてです。日本のH-IIAロケットなどは低温に冷やして液体化した水素「液体水素」と同じく低温の「液体酸素」を燃料としています。この2種類を化合させ、その際に発生した熱エネルギーで生成された水分子を加速・噴射し、宇宙まで飛んでいきます。ただし技術的には難しいエンジンですので、この燃料の組み合わせに成功したのは日本以外ではアメリカ、ヨーロッパ、ロシア、中国、インドのみとされています。

2つ目は発電です。水素が酸素と化合する際に発生したエネルギーを利用する方法は、ガスタービン発電でも取り入れられています。つまり水素が出す熱エネルギーに着目する方法です。火力発電所では石炭や石油、天然ガスを燃焼させて発生した熱で水蒸気を作り、タービンを回しています。この熱源として水素を使えばカーボンニュートラルな発電所として生まれ変わらせることも可能です。

水素はどのように使う?-燃料電池として利用-

もう一つの水素利用法は、直接電気エネルギーに変換する燃料電池としての使い方です。特にトヨタが地球温暖化対策の一環として、ガソリン車に代わる車種は電気自動車(EV)ではなく水素燃料自動車だと豪語していることもあり、日本では注目を浴びている利用法です。
具体的に行っているのは「グリーン水素」の製造方法を紹介したときの逆の手順を行う事です。化学式で書くと次のようになります。

2H2 + O2 → 2H2O

発電と同時に発生するものが水(熱水または水蒸気)である点が、環境に負荷をかけないために評価されています。一方、発電効率は30-40%と比較的低いのと、触媒として白金を使用することからコストの面での改善も必要です。
現在は固体高分子形燃料電池(PEFC)やリン酸形燃料電池(PAFC)などが使われています。特にPEFCは燃料電池自動車にも利用されているため、今後の普及も期待できます。

水素の貯蔵や輸送は安全性?

ここまでで水素の作り方や使い方については理解できたのではないかと思います。それではこの水素はどうやって貯蔵するのでしょう。そして必要な場所へはどうやって運ぶのでしょうか。そしてその際の安全性はどうなっているのでしょう。そこを説明します。

実は水素は大変危険な元素でもあります。
20世紀初頭にはその軽さから風船や気球、飛行船を空に浮かべるために使われていました。ところが1937年5月6日にアメリカのニュージャージー州で「飛行船ヒンデンブルク号爆発事故」が発生したことから、水素は危険だという認識が広まったのです。
特に火を近づけると激しく酸素と化合して爆発をするため、「酸素から遠ざける」または「熱源から遠ざける」という対応が不可欠です。

それらの対応を行った上で、輸送のための方法が考えられています。

ヒンデンブルク号の爆発事故|松定プレシジョン
ヒンデンブルク号の爆発事故

常温の水素は気体ですので、そのままですとものすごくかさばります。炭酸飲料を作る際の炭酸ボンベのように高い圧力をかけて圧縮する方法が1つ目の方法です。専用の高圧タンクを用意し、例えば45Mpaなどの高い圧力をかけた状態で貯蔵します。
燃料電池車(FCV)を開発しているトヨタでは、70MPaに耐えられる樹脂製高圧水素タンクを開発しています。

また-253°Cまで冷却して液体水素とし、専用の遮熱タンクで貯蔵・運搬する方法もあります。海外から天然ガスを輸入する際にLNG(液化天然ガス)にするのと同様、水素も液化して体積を気体状態の800分の1まで減らして輸送します。2020年には世界初となる液化水素運搬船も完成しています。ただしこの方法は冷却にかなりのエネルギーコストがかかるため、FCVに搭載することはできません。

このようにタンクに貯蔵し運搬する方法もありますが、水素の場合はそれ以外の貯蔵方法も開発されています。
水素吸蔵合金を使うというのが、その貯蔵方法です。もともとは水素が金属中に入り込んで劣化させるという特徴からヒントを得て開発されたものです。開発されたのは1960年代のアメリカでした。J.J.Reillyらがマグネシウムやバナジウムを使った合金が水素吸蔵と放出を行う事を実験で証明したのです。
その後、パラジウムのように自身の体積の935倍もの水素を吸蔵するものも開発されています。

この合金を使うことの利点は、何と言っても水素漏れによる事故(主に爆発事故)を防げるという点でしょう。ですから貯蔵や輸送も安全に行う事が可能となっています。ただし油断して水素が放出されるような環境に置いてしまうと、時間の経過とともに水素が放出・貯留されてしまうため、ちょっとした火花が発生しただけで爆発事故を起こすので、注意は必要です。
また水素吸蔵放出を繰り返すと脆化して吸蔵率が下がってしまうという欠点もあります。

もう一つはパイプラインを使う方法です。パイプの脆化を防ぐために非圧縮で低圧でなければならないという条件はありますが、既存のガス管をそのまま利用できるというメリットもあり、東京ガスでは晴海FLAGに都市ガス用配管を使って燃料電池に水素を供給する工事を行いました。

晴海FLAG|松定プレシジョン
晴海FLAG

水素エネルギーが作るこれからの社会

では最後に水素エネルギーが社会の中でどの様な役割を果たすのかを考えてみましょう。
水素は熱エネルギーを発生させて使うというよりも、電気エネルギーの発生に使うというのが脱炭素社会を推進する上では重要になって来るでしょう。大規模な火力発電所の代わりに、エネファームのように天然ガスを改質して取り出した水素を使って、家庭で必要な電気を発電するシステムなども導入が進んでします。改質時の副生成物をどうするかという問題はまだ残っていますが...

しかし水素ステーションの数が増えるなど水素そのものの流通量が増えてくれば、二酸化炭素の排出なしに電気を使うことができるようになります。もちろんグリーン水素を利用するためには電気が必要ですが、これは太陽光や風力をつかって発電した電気が余りそうな際に、現在では発電量を抑えるか二次電池に充電しているところを、電気分解に使うという方法が採れます。つまり水素は二次電池のような位置づけのものとして扱うことができるということです。そうなれば、最終的に火力発電による電気を減らしていけるようになります。自動車から内燃機関がなくなる日も近づくでしょう。

また水素は別のルートでも入手可能です。実は現在でも苛性ソーダの生成時に副生物として発生したり、製鉄用のコークス製造時にできたりもしています。これらも流通に乗せることができれば水素の供給源を複数手に入れることができるようになります。水素ガスステーションにはこのような方法で製造された水素も提供されています。

もう少し遠い未来に目を向けてみましょう。電力を供給するのに電線を使って送電する方法はエネルギーロスの大きさも問題です。ですから、パイプラインで送られてくる水素を使う、または炭酸ドリンクを作る時に利用する炭酸ボンベのように自宅に水素タンクを買ってきて、各家庭で発電することでエネルギーロスを防ぐようになるかもしれません。水素を使った電池で動くモバイル機器が当たり前になっている...そんな未来がやって来ると面白いですね。

参考文献