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技術コラム

電子顕微鏡の加速電圧とは?

電子顕微鏡は試料を分析するのに欠かすことのできない機材です。このシリーズでは電子顕微鏡の基本を説明します。まずは電子顕微鏡の加速電圧についてです。
電子顕微鏡は電子線を用いて観察対象物(以下、試料)の拡大像を得る装置です。電子線は文字通り、多くの電子が一方向に収束されて放出されたものであり、これを波として見た場合、波長は非常に短くなります。そのため、光学顕微鏡などよりもはるかに高い倍率(より正確に言えば高い分解能)での観察が可能となります。

電子顕微鏡は高電圧を掛けることで電子を加速して電子銃から放出し、それを電磁石を用いた集束レンズ(収束コイル)で収束した上で、観察対象物に当てます。透過電子顕微鏡(TEM: Transmission Electron Microscope)の場合、試料を薄くしておけば電子線が透過してきますので、それを対物レンズ、中間レンズ、拡大レンズを経由して蛍光板に導けば、透過した電子の数によって蛍光板の明度に差が出ます。これをカメラで撮影することで画像化ができるわけです。

電子顕微鏡の構造
図:電子顕微鏡の構造

走査電子顕微鏡(SEM: Scanning Electron Microscope)の場合は、集束レンズの後に走査コイルと対物レンズを経由して試料に電子線を当てます。できる限り電子線を細く絞り、表面を走査することで、電子線の当たった試料の形状に応じて発生する2次電子を、検出器で観測することで画像を得ます。

さて、この電子顕微鏡ですが、解像度を高くするにはどの様にすれば良いのでしょうか。実は光学顕微鏡と異なり、電子顕微鏡(TEM)用に次のような計算式があります。 d=0.65(Csλ³)¼ dは分解能、Csは球面収差係数、λは電子線の波長です。ここから分かるのは、分解能を上げる、つまりdの値を下げるには、Csを小さくするか、λを小さくするかです。ところが電子顕微鏡で使われる集束レンズなどの電子レンズはCsを改善するのが難しいため、一般的には波長λを小さくすることで分解能を上げます。 λ=1.23/V½(nm) です。

例えば電子の加速電圧を100kVにすると、波長は3.9×10¯³です。ここでCs=0.5mmとすると、分解能dは d=0.65{0.5×106×(3.9×10¯³)³}¼
 =0.65{2.97×10¯²}¼
 =0.27(nm)
となります。ですから加速電圧を400kVにまで上げれば、分解能は0.1nmを切る計算です。SEMでは計算式が異なりますが、基本的に加速電圧を高くすると解像度が良くなるという点は同じです。

とはいえ、加速電圧を大きくすることには問題点もあります。まずは、アインシュタインの特殊相対性理論により、電子の質量が大きくなってしまうため、加速のためのエネルギーを増やしてもスピードが上がらず、波長が短くならないというものです。
解像度にも影響が出て来ます。例えばSEMの場合、入射電子による2次電子以外に反射電子による2次電子が発生しますが、加速電圧を高くすると電子が試料のより深い位置まで到達してから反射するため、反射電子の出てくる場所が入射位置から離れてしまい、表面の微細な構造を読み取れなくしてしまいます。

入射電子と反射電子による2次電子発生位置
図:入射電子と反射電子による2次電子発生位置

その他にも、加速電圧が高いと電子の持つエネルギーが大きくなるため、特に絶縁物の場合は表面が帯電してしまうなどの問題点が発生します。SEMではこれを避けるため、絶縁物を試料とする場合には、導電体を蒸着することでコーティングを施すという前処理が必要となります。
これらの問題点は、主に日本国内において解像度を上げるために、電子線の波長を短くすることに注力されてきた結果です。一方海外、主にドイツでは球面収差係数の改善にも取り組まれてきました。その結果、同じ加速電圧でも解像度を向上させることができる様になってきたのです。
またもう一つ、SEMでは絶縁物表面を帯電させないように、あえて加速電圧を下げるという方法も採用されています。

2次電子放出効率
図:2次電子放出効率

2次電子の放出効率は加速電圧が1kVを超えるとどんどん下がっていきます。この分が絶縁体の帯電に使われてしまうわけですが、2次電子放出効率がちょうど1の付近では帯電が起こらなくなります。したがって、SEMではこのあたりの加速電圧を利用すると、前処理としてコーティングを行う必要がなくなります。
とはいえ、単純に加速電圧を下げれば良いというわけではありません。加速電圧を下げるということは電子線の波長が長くなることを意味しますので、解像度はどうしても下がってしまいます。特に数kV以下では急激に解像度が下がることが分かっています。これは電子銃から放出される電子のエネルギーがばらつくことによって収差が発生するためです。

SEMの解像度
SEMの解像度

図:SEMの解像度

しかしこれを回避する方法があります。それが「減速法」です。これは電子銃からはばらつきの少ない電子を高加速度で射出し、試料に当てる直前、対物レンズ部分で減速のための電界を発生させ、収差は小さいままに試料に衝突する加速電圧を小さくするという方法です。
この場合、収差が小さくなるため、通常の低加速電圧で観察する場合よりも、より高い解像度を保持できるというメリットがあります。もちろん、対物レンズへの回路の追加が必要になりますので、構造自体は少し複雑になります。
対物レンズに回路を追加して、電子が対物レンズ通過中に減速する方式を「界浸レンズ方式」と呼び、一方対物レンズ通過後に試料と衝突する前に減速させる方式を「陰極レンズ方式」と呼びます。

2種類の減速法の回路模式図
図:2種類の減速法の回路模式図

界浸レンズ方式では試料付近の電界が弱くなるため、試料の表面形状がレンズ特性に影響を及ぼしにくくなります。一方、陰極レンズ方式では減速電界を大きくすることで、より高解像度が得られるというメリットがあります。

では、これらを踏まえて、試料の素材に応じた最適な加速電圧というのは、どのように設定すれば良いのでしょうか。TEMの場合はどの程度微細な構造を観たいかを考え、欲しい解像度を得られる加速電圧を掛けるのが正解です。
一方SEMの場合は、含まれている元素によって変えるというのが正解です。もう少し言えば、基本的には表面の構造を観るわけですが、そこに含まれている元素の中で、電子線によって励起したい電子軌道がどこであるのかを考えるということです。
例えばFeの場合、7.11kV以上の加速電圧であれば、Kα線(6.40keV)やKβ1線(7.06keV)が励起されます。一方Lα線(0.70keV)は0.71kV以上あれば励起されますので、むやみに高い加速電圧は必要ないわけです。空間分解能を高くしつつ、感度良く測定するためには、試料中の測定対象元素について、最小励起エネルギーが低いものを選択し、それらが十分な強度で励起される加速電圧を掛ければ良いのです。

次回は、電子顕微鏡(SEM)技術解説シリーズ②として、電子顕微鏡のレンズについて紹介します。

参考文献