イオンエンジンは、小惑星探査機「はやぶさ2」にも搭載されたことで注目を集めました。推力は高くはないものの、燃料のエネルギーから得られる推力の効率がいいエンジンは、深宇宙探査には欠かせない技術です。この記事ではイオンエンジンの仕組みや用途、構造について解説します。
イオンエンジンとは
イオンエンジンとは、プラズマを静電加速して推力を得る静電加速型推進機で、主に宇宙探査機や衛星などの推進力を得るために使われています。
宇宙探査機や衛星といった宇宙機の推進システムは基本的に、ガスなどを噴射した際に発生する反力を推進力にしています。この噴射の速さを排気速度といいます。
宇宙機(spacecraft)の推進システムは、化学推進系と電気推進系の2種類に大別されます。化学推進系とは、化学反応の一種である燃焼によって推進力を得るものです。化学推進系は推力が非常に大きい一方、比推力というエンジンの燃費に相当する値が低いのが特徴です。
比推力とは1キログラムの推進剤で、1キログラム重の推力を出し続けられる秒数を表わしたものです。化学推進系で使われる固体燃料では300秒、液体燃料では500秒程度ですが、イオンエンジンでは2500秒から4000秒にもなります。
化学推進系は比推力は低いものの推力は非常に大きいため、人工衛星やスペースシャトルなどの打ち上げの際にも使われます。
電気推進系は、電気エネルギーを用いて推進剤を加熱したり加速させたりして排気し、推力を得るエンジンです。化学推進系に比べると推力は低いですが、比推力が高いため、少ない燃料で長く進むことができます。
そのため遠くの目的地まで到達することができ、深宇宙探査や衛星の軌道修正などに使われます。
イオンエンジンは電気推進系エンジンのひとつです。イオンエンジンを使うと、通常のエンジンの噴射に比べて排気速度を約10倍にまで上昇させることができます。
イオンエンジンの仕組みと構造
イオンエンジンではまず燃料をプラズマ化し、その中からイオンのみを抽出します。その後イオンを加速させて推力を得る仕組みです。そのためイオンエンジンは主に3つの領域から構成されています。
• イオン生成部(Ionization)
燃料(推進剤)を電離して、イオンを生成する部分です。燃料をアーク放電やマイクロ波などによって加熱、電離させてプラズマ化します。プラズマの生成方法には、直流放電式、RF (Radio Frequency) 誘導放電式とマイクロ波放電式の3種類があります。
マイクロ波放電式では電極を必要としないため、その寿命による寿命制限がありません。また、地上で試験を行う際に大気曝露に対する保護の必要がないなどの特徴があります。またプラズマの点火に際し、特殊な手順や付加装置が必要ないため、イオンエンジン全体の簡略化や長寿命化につながります。
• 加速部(Acceleration)
イオン生成部で生成されたイオンを加速させ、推力を得るための部位です。
スラスタの前に複数(2~3)枚の多孔状の電極グリッドを設置し、そこに数百〜1000Vの高電圧を印加します。この電位差によってプラズマ中のイオンだけを引き出し、加速させます。
• 中和部(Neutralization)
イオンエンジンはイオンのみを抽出します。そのため、そのままでは衛星が短時間のうちに負に帯電してしまいます。そうなるとイオンビームが逆流し、推力を発生させられなくなってしまいます。
そこで中和器を用いて電子を放出し、イオンビームを中和します。これにより衛星が帯電せず、エンジンから推進力を発生させ続けることができるようになります。
イオンエンジンの特徴
イオンエンジンの特徴には次のようなものがあります。
- 比推力が高い
- 長時間稼働させられる
特に深宇宙探査においては、宇宙機は数年間かけて宇宙空間を移動していきます。そのため、宇宙機のエンジンの稼働時間も1万時間に届くほどになります。つまり少ない燃料で長く推進力を得る必要があるのです。
私たちが衛星の打ち上げでよく見る化学推進ロケットのように、重量の大半が燃料で占められている状態では、深宇宙探査には適しません。そのためイオンエンジンのように比推力が高く、少ない燃料で長時間稼働できるエンジンが必要になるのです。
また、イオンエンジンは推力が低いものの、長時間稼働させることにより、宇宙空間においては最終到達速度も化学推進ロケットを上回ります。
一方で、イオンエンジンは真空中でしか作動できないため、地球からの打ち上げには使えません。宇宙空間での使用が主になります。
イオンエンジンの用途
イオンエンジンは元々宇宙探査のために開発が始まったエンジンです。そのため基本的には宇宙機に搭載され、衛星の軌道修正や宇宙探査機の主推進機として使われています。
最初のイオンエンジンは1964年にNASAのSERT Iに乗せられ、衛星軌道上で稼働試験が行われました。その後、宇宙探査機のはやぶさやSMART-1、はやぶさ2の他、衛星であるきく8号などにも使用されています。
また、近年では商用通信衛星や超小型衛星などにもイオンエンジンを搭載するものが出てきました 。
参考資料
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JAXA 「イオンエンジンの可能性にかけて」
https://www.jaxa.jp/article/special/hayabusa/kuninaka_j.html -
NEC 「はやぶさ2 イオンエンジンと今後の展望」
https://jpn.nec.com/techrep/journal/g21/n01/210127.html -
九州大学 総合理工学府先端エネルギー理工学専攻 山本研究室 「イオンエンジンの動作原理」
http://art.aees.kyushu-u.ac.jp/research/elec/Ion/principle.html